エマグラム上で空気を持ち上げてみよう
エマグラム上で空気を持ち上げてみると、と、いろいろな気象現象の基本が見えてくる。
乾燥空気、湿潤空気、混合空気の順番で説明する。
乾燥空気を持ち上げる
「乾燥断熱線」は、エマグラムのグラフ用紙で一番寝ている線のことだ。
この線は、どんな意味を持っているかというと、断熱的に空気塊を上空に持ち上げたときの気温と圧力の変化を示す線だ。
他の線が邪魔なので「湿潤断熱線」と「等飽和混合比線」を消して、「乾燥断熱線」だけを茶色で表示した。
シャボン玉のように皮が薄くて、まったく張力を持たない超薄皮の風船があったとしよう。
この中に水蒸気を含まない乾燥空気を詰めて、地上に置いたのが1000hPa の状態だ。
この時の地上の気温を26.85℃と仮定する。
絶対温度にすると、26.85+273.15=300Kになる。これが、この空気塊の温位である。
地上の風船は約27℃と暖かいのでピンク色(温度イメージであり実際は無色です)をしている。
この風船を900hPa(標高約1000m)まで断熱的に持ち上げると、気温は18℃に低下してオレンジ色(温度イメージであり実際は無色です)に変わり、少しふくらみが大きくなる。つまり体積膨張を起こしているのだ。
さらに800hPa(標高約2000m)まで持ち上げると、気温は7℃まで下がり、さらに膨らんでくる。
700hPa(地上3000m)では、ついに氷点下に達し、グリーン(温度イメージであり実際は無色です)になってしまった。
こうして、600hPaを経て500hPa(標高約5500m)まで持ち上げると、風船はマイナス27℃まで冷たくなり、風船のふくらみは、地上の1.6倍まで大きくなる。温度を保持して、500hPaまで真上に持ち上げたときの体積膨張が2倍だったのと比べると、気温低下がある分だけ抑えられて、1.6倍にとどまっている。
地表との気温差は54℃であり、1000メートルごとに10℃低下したことになる。
ここまで持ち上げて、気温がマイナス27℃まで冷えてしまっても、この空気塊の温位は300Kのままで変化しない。このまま、そっと地上に戻せば、プラス27℃に戻るのだ。
そのような観点で見ると、「乾燥断熱線」は「等温位線」と言い換えることも出来る。
左端の260から右端の370までの茶色の数値は、温位を示している。
温位の計算式は、次のように示されている。
θ=(T+273.15)×(1000/p)0.2857
θ:温位(K)、 T:気温(℃)、 p:気圧(hPa)
乾燥断熱線は、この式をグラフ化したものである。
注意しなければならないのは、この線が有効なのは、空気が乾燥状態であることが条件だ。
水蒸気を含んでいても構わないが、飽和して、凝結しないことが条件である。
水蒸気を含む空気塊の場合は、どんどん冷却されれば、空気中に存在できなくなった水蒸気が、どこかの高さで飽和して、凝結するはずだ。
実際の大気中で凝結するとは、雲を作ることになり、さらに冷却すれば水滴や氷粒が形成されて雨が作られる。
もしも500hPaまでこの線が有効なら、この空気塊は乾燥空気であるに違いない。
現実に、地表の空気塊が5500mまで持ち上がることはほとんどない。周囲の気温よりも温度が低下して重くなるために、浮力が生じなくなるからだ。
湿潤空気を持ち上げる
湿潤空気とは、水蒸気が飽和して、水分が凝結している状態の空気である。
風呂場で湯気がモンモンと立ち込めて、窓ガラスがびしょびしょに濡れているイメージだ。
乾燥空気塊を断熱的に持ち上げたときの温度と圧力の挙動を示すのが「乾燥断熱線」であることを、前項に書いたが、水蒸気で飽和して、びしょびしょの気体に関する挙動を示したのが「湿潤断熱線」である。
邪魔になるので、「乾燥断熱線」と「等飽和混合比線」を消して、300Kの湿潤断熱線に着目したのが下の図である。
ここで対象とする空気塊は、水蒸気が飽和してびしょびしょであり、凝結して水滴を持っている。
このラインは、未飽和の乾燥空気には使えない。必ず、飽和してびしょびしょの空気に適用するのだ。
この湿潤空気塊を断熱的に持ち上げていくと、やはり、温度が低下して体積が膨張する。しかし、気温の下がり方が、「乾燥断熱線」よりも緩やかである。言い換えれば、グラフの線が立っているのである。
前項で説明したように、地上で300Kの乾燥空気を500hPaまで持ち上げると、気温はマイナス27℃まで低下したが、湿潤空気では、3℃と氷点まで達していないのだからずいぶんな差である。
乾燥断熱変化では1000mごとに10℃の気温低下だったが、湿潤断熱変化では、およそ4.5℃と半分以下である。
これは、水蒸気が凝結するときに放出する潜熱(凝結熱)によって加温されるために、気温低下が抑制されるからである。
「湿潤断熱線」は「乾燥断熱線」を何本もまたいでいる。上図に部分的に示したように、800hPa付近で310Kを超え、680hPa付近で320K、560hPa付近で330Kの「乾燥断熱線」を越えて、温位が増加していることを示している。これは、先の説明のように、凝結熱を放出することにより、温位を高めているからだ。
水蒸気を含む空気塊を断熱的に上昇させ、すべての水蒸気が凝結し水蒸気圧がゼロになった時に空気塊が示す温位を相当温位と定義出来る。
湿潤空気を断熱的に上昇させると凝結した水が系外に放出(雲になるとか)されて、空気塊は乾燥してゆく。やがてすべての水分を絞り出して水蒸気をまったく含まない乾燥空気になる。ということは、最終的には「乾燥断熱線」と同じことになるはずだ。
この様子をエマグラム上で図示すると、湿潤断熱線が乾燥断熱線に漸近していく様子が伺える。
たとえば、290Kの湿潤断熱線を上方にたどっていくと、下図の赤い丸で示した400hPa付近で、322Kの乾燥断熱線に漸近することが分かる。
グリーンのラインで指定した空気塊の水分をすべて凝結させたときにの温位322Kが、この空気塊の相当温位である。
温位〔θ〕と相当温位〔θe〕の間には、θe=θ+2.8wの近似式が成り立つ。
wは混合比である。
確認してみよう。
上のグラフで800hPaの点(紫色の丸)に着目すると、
温位〔θ〕=300K(茶色の線)
混合比〔w〕=8g/kg(紫色の線)
θe=300+2.8×8=322K
となり、ほぼ近似式が成り立つことが確認できる。
他の点でも同じことだ。
600hPaでは、θe=311+2.8×4.4=323K
1000hPaでは、θe=290+2.8×12=324K
本来なら、すべて同じ322Kになるべきだが、近似式であることと、上のグラフがあまり正確でないので、1~2Kほどバラついているが、ほぼ一致していると見て欲しい。
この式からも分かるように、混合比がゼロのとき(水分ゼロの乾燥空気)に、相当温位と温位は等しいが、いかなる場合でも相当温位が温位よりも小さくなることはない。
混合空気を持ち上げる
混合空気とは、空気の中に水蒸気を含んでいるが、飽和していない(相対湿度が100%未満)空気のことである。
乾燥空気を断熱的に持ち上げると「乾燥断熱線」に沿って気温が下がることを前々項で説明した。
湿潤空気を断熱的に持ち上げると「湿潤断熱線」に沿って気温が下がることを前項で説明した。
では、その中間にあたる混合空気を持ち上げたらどういう挙動を示すのだろうか。
理屈は簡単だ。次の3段階の順で気温が低下していくのだ。
1) 最初は、乾燥断熱線に沿って気温が下がってゆく。
2) 気温低下とともに、徐々に相対湿度が上昇して、やがて飽和に達する。
3) 飽和に達した後は、湿潤断熱線に沿って気温が低下する。
この様子を図示すると、こうなる。
赤い丸の点から、スタートして「乾燥断熱線」に沿って上昇する。青い丸の点で飽和して、その後は「湿潤断熱線」に沿って上昇する。
では、どこで飽和するのだろうか。
気象観測のエマグラムでは、湿度条件として「露点」(または「湿数」)が与えられる。
この様子を、追いかけてみよう。
初期条件として、1000hPaで気温27℃、露点温度12℃の空気が与えられたとしよう。
1000hPaでは、飽和混合比は23.5g/kgで露点の混合比は9g/kgなので、相対湿度は9/23.5=38%である。
持ち上げて、
・950hPaでは、気温が22.5℃に低下して、飽和混合比は18.5g/kgに低下したので、相対湿度は49%に上がった。気温は乾燥断熱線に沿って低下するが、露点温度は「等飽和混合比線」に沿って低下する。
・900hPa まで持ち上げると、湿度は62%になった。
・850hPaでは、相対湿度が80%まで上昇し、だいぶ湿ってきた。
・810hPaでは、気温が9℃で結露したので、露点も9℃(湿数ゼロ)になり、とうとう飽和に達したのである。
ここまでの挙動は、「乾燥断熱線」に沿って気温が低下してきたが、飽和してびしょびしょの空気になったので、これより上は、「湿潤断熱線」に沿った挙動に変わる。
持ち上げ作図の手法
湿潤空気を持ち上げたときに、どのような変化を示すかを問う問題は、しばしば出題される。
SSI(ショワルター安定指数)を求める手法として使われるので、よく理解しておこう。。
通常与えられる条件は、大気圧、気温、露点温度の3点である。
ここでは、大気圧=980hPa、気温=27℃、露点温度=20℃の条件が与えられたとしよう。
まず、
・青い線で示した大気圧のラインを引く。
・その上に、気温27℃の点Aを打つ。
・同様に、露点温度20℃の点Bを打つ。
・気温の点Aから、乾燥断熱線に沿って、必要と思われる高さまで斜め上に線を引く。
・露点温度の点Bから、等飽和混合比線に沿って、斜め上に線を引く。
・2つの線の交点Cを打つ。
・交点Cから、湿潤断熱線に沿って、左上方に向かってやや弓なりの線を引く。