読者の「いわし雲」さんからの質問です。
お世話になります『いわし雲』です。
一般気象学【第2版】237ページから質問させてください。
①下から2行目。
「それで静水圧平衡の関係により、
静水圧平衡の式からこの関係をどのようにして導き出せるか教えて
②一番下の行
「しかもまわりの気圧と中心付近の気圧との差、
図8.29からこの内容を結びつけることができません。
この図では同じ高度で中心付近とその周辺との気圧の差がどれくら
どう考えればよいか教えてください。以上、よろしくお願い致します。
いわし雲
台風の中心部はなぜまわりよりも気圧が低いのか
台風の断面図の温度分布の図(図8.29)を見て、中心部が低気圧になる理由を問う質問です。
質問内容を整理すると
- 周囲よりも温度が高いときに
- 静水圧平衡の関係で
- なぜ周囲よりも気圧が低いのか。
この関係を論理的に説明する必要があります。
台風の中心付近の温度が高くなるのは、水蒸気による潜熱(凝固熱)放出が理由ですが、ここでは質問の本質ではありませんから説明を省きます。
とにかく、台風の中心付近は周囲よりも温度が高い。
しかも、上層にいくほど偏差が大きくなります。
この現象は、台風の上空には暖気核があると表現されます。
実際の気温が高くなるわけではありませんよ。
いくら台風の中心だとしても、地上気温が20℃で富士山頂が30℃なんてことはありませんからね。
大気圧は空気の重さ
静水圧平衡の関係とは、大気の圧力は空気の重さであることを言っているのです。
地上の空気の重さは、1平方cm当たり約1kgの重さになります。
親指の爪の上に、1kgの分銅を乗せているような、
言い換えれば、1平方メートル(およそ畳半畳)に、体重5トンの象が2頭も乗っかるようなすごい重さになります。
ただし、物品ではないので上から一方的にかかる重さではないし、身体の内側からも同じ圧力で押し返しているので、上の図のライオンさんのように実感として重さを感じることはありません。
分かりやすいように、気圧の議論をするときには、その場所の上部にある空気の重さを考えれば良いのです。
これが、静水圧平衡の関係の基本です。
では、上部というのはどこまででしょうか。
あなたの頭の上に乗っかている空気全部ですから、上方に10km、100km、いや、宇宙の果までの空気の重さです。
実際には、
地上気圧が1,000hPaに対して、
高度約10kmの対流圏界面で100hPaですから、
対流圏の空気だけで90%の重さがあります。
さらに、
高度約50kmの成層圏界面では1hPaなので、
全気圧の99.9%の重さになります。
成層圏界面より上の大気は、僅かに1hPa(0.1%)しかありません。
低気圧はまわりとの相対的な関係
さて、何気圧より低いと低気圧になるのでしょうか。
標準的な大気圧が1,013hPaですが、1,000hPa以下が低気圧でしょうか。
それとも950hPa以下を低気圧と言うのでしょうか。
いいえ、低気圧かどうかは、気圧の絶対値で決まるものではありません。
まわりより低く凹んでいることが低気圧の条件なのです。
だから、気圧の数字ではなく、周囲の気圧との相対的な関係で決まるのです。
宇宙の果てまでの空気の議論をしていると収集がつかなくなるので、どこか安定した基準点を決めて、そこからの一定量の空気の重さを調べれば、気圧が高いか低いか分かりますね。
普通であれば地上気圧を基準にすることが多いのですが、台風の場合は地上気圧がときには900hPaを下回るような異常事態なので、とても基準点には使えません。
台風の基準点は上空に置く
台風の中心部は気圧が低くて強い上昇流が発生していることが知られています。
では、上昇流はどこまで上がるのでしょうか。
対流圏を飛び越えて成層圏まで上昇流が及ぶのでしょうか。
そんなことはありません。
下の図は、大分地方気象台が作成した、台風の構造断面図です。
台風の中心部には、反時計回りの渦を作りながら強い上昇流がありますが、対流圏界面に近いある高さになると渦の回転方向が逆転して時計回りになり、外側に流れて下降流になります。
渦の回転方向が変わり、上昇流から下降流に変わる辺りで、台風の中心部とまわりとの気圧の差がなくなるのです。
台風の気圧の解析をするなら、この高度を基準として議論をすすめると分かりやすいのです。
計算しやすいように、中心部と周辺との気圧差がなくなる高度を地上10,000m、この高度の気圧を300hPaと仮定します。
高度10,000メートルというと、通常のジェット旅客機が飛行する高度です。
以前に、こんな絵を描いたことがあります。
空気は、性質によって重さが違うことがあります。
同じ気圧であれば、温度が高いほうが密度が小さいために軽いのです。
台風の中心部の温度が周囲よりも高いことは、上の図8.29に描かれています。
しかも、上方ほど暖かいのです。
(実際の温度ではなく偏差ですよ)
ここでは、台風中心部は温度が高いので、周囲よりも空気の密度が小さくて軽いことに着目します。
高度5,000メートルの気圧を比べてみる
高度10,000メートルでは、中心部も周辺部も気圧は300hPaで同じです。
ここからスタートして、5,000メートル下がった高度での気圧を調べてみましょう。
こんな図を描くことができます。
地上から、はるか上空の高度10,000mでは、台風の中心部も周辺部も同じ気圧で、300hPaでした。
そこから5,000メートル下がった高度の空気の重さを比較してみます。
この区間の層の厚さは、中心部も周辺部も5,000mですから、圧力(重さ)は空気の密度に左右されます。
図の左側は台風の中心部です。
空気の温度が高いので、密度が小さく軽いのです。
だから、5,000m下がっても、この区間の空気の重さは150hPaの圧力しかありません。
上空の気圧が300hPaでしたから、この区間の空気の重さを加えると、高度5,000mでの気圧は450hPaになります。
一方、図の右側は台風の周辺部です。
中心部より空気の温度が低いので密度が大きく重いのです。
量ってみたら200hPaの重さ(圧力)がありました。
この高度の気圧は、300hPa+200hPa=500hPaになりました。
中心部が450hPaで、周辺部が500hPaですから、中心部が50hPa気圧が低くなっていますね。
ここまでの説明で、中心付近の気圧がまわりより低い理由は分かりました。
では次に、
「台風の中心に向かう水平気圧傾度は高度が低いほど大きい。」
この質問について考えてみましょう。
地上気圧(高度0メートル)の気圧を比べてみる
前の計算で、高度5,000mの気圧が分かりましたから、さらに5,000メートル低下して、地上(高度0メートル)の気圧を計算してみましょう。
台風の暖気核は、上層のほうが強くてはっきりしています。
下層においても、台風中心部の気温が高いので空気は軽いのですが、上層ほど温度偏差が大きくありませんね。
だから、上層では5,000メートル間の空気の重さが、150hPaと200hPaで、その差が50hPaもありました。
しかし、 下層5,000メートルでは、480hPaと495hPaで、15hPa しか差がありません。
その様子を図示したのが、上の図です。
なるほど、計算された地上気圧は、
中心部が930hPaで周辺部が995hPaになり、
その差は65hPaに拡大されましたね。
で、整理してみると
・高度10,000mでは中心と周辺の差は0hPa
・高度5,000mでは中心と周囲の差は差は50hPa
・高度0mでは中心と周囲の差は65hPaに拡大
すなわち、
「台風の中心に向かう水平気圧傾度は高度が低いほど大きい。」
この現象が確認できました。
上の例では、高度0m、5,000m、10,000mの3点で計算しましたが、もっと細かく分けて例えば1,000mごとに気圧を計算すれば、さらに明確に気圧傾度の拡大の様子が分かります。